時代の変遷と共に鉄道の置かれている立場も大きく変わってきた。大都市間移動の役目を担う新幹線は益々その役割を拡大し、地方を走るローカル線はその存在価値さえ見失うかねない衰退の一途をたどっている。そんな中、一度は路線廃止の決まった鉄道が沿線住民の熱いサポートと鉄道事業者の斬新な経営感覚で息を吹き返し、今日も元気に走り続けている和歌山電鉄貴志川線を訪ねてみた。
貴志川線は大正5年に山東軽便鉄道として開業。以来幾多の変遷を繰り返しながら昭和36年には南海電鉄が経営を引き受け、和歌山と貴志(紀の川市貴志川町)間14.3kmを単線電化路線で結んできた。しかしモータリゼーションと乗客の減少という時代の波はこの鉄道にも襲い掛かってきた。
平成16年に南海電鉄は貴志川線の廃止を決定。以後貴志川線の存続をめぐって沿線住民らの熱い思いが功を奏し、岡山電気軌道を経営する両備バスグループが経営を引き受け、平成18年4月「和歌山電鉄貴志川線」として再出発した。そんな予備知識を胸に夏休みのある日、青春18切符を片手に、岡山駅を6時18分発の姫路行き普通車に乗り、姫路からは新快速、大阪からは紀州路快速でJR和歌山駅へ11時58分に到着した。
和歌山電鉄貴志川線はJR和歌山駅の東端の9番ホームから発着している。先ずは貴志川線9番ホームにある和歌山電鉄改札口で650円の1日乗車券を購入した。貴志川線を乗り降りするには便利で割安の切符だ。1面1線のホームと留置線のあるJR和歌山駅9番乗り場に11時9分、白と赤のコントラストがなんとも可愛い「いちご電車」が入線してきた。
この車両は昭和47年東急車輛で製造され、平成6年には南海車両で更新された2270系南海貴志川線専用600Vの電車。この車両を九州新幹線車両や岡山電気軌道の路面電車「MOMO」などの企画に携わった水戸岡悦治さんがデザインして今回イベント列車に改装。『日本一カワイイ、楽しい、オシャレな電車』を目指す和歌山電鉄のシンボルカーとして誕生した。沿線特産のいちごをモチーフにしたと云うこの電車に私も早速乗ってみた。2両編成の車両は楢のムク材を使用した床やお洒落な暖簾、いちご電車の願いを書いた可愛い中吊りが車内で目を曳く。車内にはこの電車改装費に協力した企業や個人の名前を記したプレートが掲げられ、沿線住民の熱い思いが感じられる。
いちご電車点描
11時31分、30人ほどの乗客を乗せていちご電車は和歌山駅9番ホームを発車。JR紀勢線と平行して古い住宅街の迫る狭い線路を走るとすぐに最初の駅、田中口に到着した。車内では親子連れの乗客が楽しそうにはしゃいでいる。ここから3分程で島式1面2線の日前宮駅に着いて上り電車と行き違った。駅近くには和歌山県第一の日前宮大社が鎮座している。昔から日前宮、竃山、伊太祁曽の三神社を参拝することを「三社参り」と呼んで、お正月などは初詣客で大いに賑わうのだと地元の人が教えてくれた。
電車は田園風景広がる神前、竈山駅を過ぎて平成11年5月に開業した貴志川線で一番新しい駅、交通センター前に到着。この駅では子供ずれの親子4組が乗り込んできた。このいちご電車を目当てに乗車したのだろう。子供たちは嬉しそうに車内で遊び、その姿を母親が写真に納めているのが印象的だった。次の岡崎前駅で列車交換があり、いちご電車は吉礼駅を過ぎて子供たちの笑い声に包まれながら貴志川線の中心駅・伊太祁曽駅に11時53分到着した。
伊太祁曽駅点描
この駅には和歌山電鉄の本社や運転指令、電車基地があって貴志川線の中枢機能を果たしている有人駅だ。1面2線の島式ホームに降りると正面に電車庫が目に入る。車庫には南海カラーの電車と並んでこの夏デビューした真っ赤な車体のおもちゃ電車が留置していた。古びた改札口を通って伊太祈曽駅舎に入ると懐かしいローカル線の雰囲気が漂ってくる。駅員さんに5分程歩くと三社参りで有名な伊太祁曽神社があると聞き出かけてみることにした。
駅から100m程南に歩いて一の鳥居を潜り、しばらく木々の中を歩いて赤い橋を渡ると本殿が見えてきた。伊太祁曽神社は五十猛命を祭神にした紀伊国の一ノ宮で「木の神様」として崇められている。石段を駆け上がり本殿に拝礼して駅に戻った。貴志川線は30分に1本の割りでダイヤが組まれている。私は13時2分発の電車に乗って終点・貴志駅に向った。
この駅には2007年1月から三毛猫タマが駅長になって話題になっている。これは貴志駅売店に住む猫を駅員に仕立てて乗降客を迎えているもの。可愛い帽子や名札をつけた三毛猫「タマ」が駅長、助役は母の「ミーコ」と、同居ネコ「チビ」が担当して愛嬌を振りまいている。そして貴志駅舎も2010年8月リニューアルし「たまミュージアム貴志駅」として観光客に親しまれている。
たま駅長の貴志駅点描
貴志川線にネコ駅長が誕生!』この三毛猫駅長が話題になって最近はネコ目当ての乗客も増えたそうだ。この日もいちご電車で降りてきた子供たちに囲まれ、狭い駅舎ではネコの鳴き声と子供たちの歓声がこだましていた。この話題は地元メディアは勿論、テレビの全国ニュースや番組でも取り上げられ、和歌山電鉄のPRに大きく貢献した。
和歌山電鉄は3セクではない新しい方法で民間活力を導入し、加えて沿線住民の熱い支援と努力の甲斐あって発足1年目の経営は黒字で推移した。鉄道は旅客の輸送だけに頼る時代から、地域再生・まち興し起爆剤としての付加価値高いコミュニティ媒体として時代に変化してきた。そんな時代の流れを上手く捉えたのが和歌山電鉄の経営だ。今年7月、和歌山電鉄はいちご電車に続いてユニークなおもちゃ電車をデビューさせた。
各地で地方鉄道の存続が議論されている中、この和歌山電鉄の歩みはこれからの地方鉄道のあるべき姿を指し示し、地方鉄道の再生モデルとして注目されている。そんな和歌山電鉄に『頑張れ!』とエールを送りながら紀州路を後にした。