各地のローカル線に乗り始めて4年余りになる。ローカル線と云えばついつい自分の住んでいるところから遠隔地にある列車に乗りがちで案外地元のローカル線を見忘れがち。そんなこともあって9月のある日、残った青春18切符を片手に岡山県東部にある備前市日生の美味しい魚を食べようと東岡山-伊部-日生-相生を結ぶ赤穂線に乗ってみた。赤穂線は山陽本線東岡山駅と相生駅を結ぶ57.4kmの単線電化の地方鉄道。列車運行面では西は岡山駅、東は播州赤穂駅を基点にダイヤが組れ、播州赤穂駅にはJR西日本のアーバンネットワークの新快速が乗り入れる等この駅を境に大きく様相が変る。そんな知識を頭に通勤通学で混雑する岡山駅に出向いた。
赤穂線は岡山駅の14・15番ホームから発着している。この日は先ず7時35分発の西大寺行きに乗った。車内は通学する高校生で満員。列車は山陽本線を13分ほど走ると赤穂線の始発駅東岡山駅についた。ここで半分ほど高校生が下車。赤穂線は単線なので下り列車の到着を待って列車は山陽本線と別れ一路南に向かって快走。車窓の景色は田園風景に一変。列車の走るこのあたりは葡萄や梨の産地として有名で中でも子供の頭ほどある日本一大きい「あたご梨」は果肉も甘く秋から冬にかけての贈答用果物として重宝がられているという。車内は女子高生らの会話が飛び交う華やかな雰囲気の中で私は座席でまどろんでいる内に列車は大多羅駅を過ぎて西大寺駅3番ホームに7時56分到着した。
列車はここで折り返し8時17分発の山陽本線三原行きとなる。西大寺駅は昭和37年に赤穂線が東岡山駅まで延伸されると同時に開業。島式と相対式の2面3線のホームは最近バスや車に輸送力を奪われがちな旅客を懸命に支えているように見えた。次の列車まで時間があったので改札口を出た。西大寺をじっくり訪ねるなら2月に来てほしいしと地元の人は話す。毎年2月の第3土曜日に行われる西大寺観音院の会陽(裸まつり)を始め、多くの早春のイベントが準備されているからだ。西大寺会陽は1万人の裸の群れが陰陽2本の宝木を求めて観音院境内で繰り広げる争奪戦で、多くの見物人が興奮の坩堝に酔いしれる。そしてこの時期、吉井川で採れる白魚を食材にした料理や吸い物が早春の息吹を感じさせてくれる。
地元の人は「西大寺会陽が終わると備前平野に春が来る」と昔から話す。西大寺は今も忘れてはならない「日本の心」を懸命に守ろうといるように感じるのは私だけだろうか。通学時間が一段落した8時45分、宇野線宇野駅始発の播州赤穂行き列車に乗って西大寺を後にした。赤穂線の列車は岡山-播州赤穂間だけの運行ではなく山陽本線、伯備線、宇野線等に乗り入れ、三原・糸崎、新見・高梁、宇野・茶屋町等の駅まで運転され乗客の利便性を図っている。各線の列車が赤穂線に乗り入れているため車両もモハ114系、115系、117系、213系などバラエティーにとんだ列車が走り結構面白い路線だ。列車は田園風景の続く備前平野を南に向かって走る。棒駅の大富駅、邑久駅を過ぎるとやがて2面2線の長船駅に着いた。
長船あたりまでは岡山市内への完全な通勤通学圏内でラッシュ時には長船駅折り返し運転の列車も多い。また邑久、長船は牛窓をも含め2004年10月に合併して瀬戸内市になった。このあたりは伝統と歴史の織りなす貴重な文化遺産を今に伝える。
邑久は大正ロマンの竹下夢二誕生の地、長船は名刀「備前おさふね」の故郷として知られている。そんな長船駅は有人駅で手書きの案内板や乗車券売機の横には小さな列車待ち乗客用の本棚があって駅員さんの心意気が伺われる。
また駅前には観光客用のレンタサイクルもあって「秋の行楽シーズンには結構利用者も多いですよ」と店の人が話してくれた。列車は吉井川東側をしばらく北上して平坦路に差し掛かると左側に大手出版社ベネッセの製本配送センターの
倉庫群が目に入ってくる。そして列車は備前市に入って香登駅に到着した。このあたりから赤穂線は左側に国道2号線と山陽新幹線を見て走り車窓からは備前焼の看板や煉瓦造りの窯元の煙突が目に入ってくる。列車は備前焼の中心地に向かって快調に走る。やがて新幹線の走る大ケ池橋梁が左に見えてくると伊部駅はもうすぐだ。9時5分列車は伊部駅ホームにすべり込んだ。ほとんどの乗客がここで降りた。
備前焼伝統産業会館の1階正面にある改札口は出口左にお土産コーナー、右に喫茶店があり2階は備前焼の展示場、ギャラリーや案内窓口もあるので初めて伊部を訪ねる人は先ずここでいろいろ聞くのがいい。毎年10月の第3土曜日曜に「備前焼まつり」が開かれ伊部駅周辺は京阪神からの陶器ファンで埋め尽くされる。当日は備前焼の即売はもちろん、歩行者天国やろくろの実演、備前焼小町の撮影会など盛りだくさんのイベントが準備され、臨時列車も新快速と連動した播州赤穂駅や岡山駅から伊部まで走る。そんな備前焼まつりに思いを馳せて焼き物の里を歩いているうちに列車の発車時刻になった。
10時35分、伊部駅から2両連結のワンマン列車に乗ると3分ほどで国道2号線沿いにある1面1線の西片上駅についた。ホームからは前方に耐火煉瓦工場の煙突が立ち並ぶ備前市街が、後方に真光寺の三重塔が目に入ってくる。残暑厳しいこの日は乗客には眩しい風景だ。乗降客ゼロで列車は発車しトンネルを抜けるとすぐに2面2線の備前片上駅に到着。広い大きな駅で、かつては大阪方面から快速列車も1往復し、少し歩くと片上鉄道の駅もあったが現在は廃止され、備前片上駅の利用客も少ない。そしてこの駅では下り列車と行き違った。
備前片上駅を出てしばらく走ると波静かな瀬戸の海に浮かぶカキ筏の群れが目に飛び込んできた。このあたりから日生にかけては「あけぼのカキ」として知られている岡山カキ養殖の本場だ。そんな風景を右にみせながら列車は一路伊里駅へ。伊里にはまだ夏の暑い太陽が降り注いでいた。そんなホームに若い女性が降り立った。そこには日焼けした男性が微笑みながら待ち受けていた。彼の出迎えを受けた彼女は嬉しそうな笑い声を弾ませ、二人は腕を組んで改札口を出ていった。一瞬自分のセピア色した学生時代の淡い恋を思い出した。そんな思いをよそに列車は一気に走って11時54分、日生駅に到着。
高台にある日生駅のホームに立つと目の前に日生諸島が広がり、駅前から発着する小豆島へのフェリー乗り場も見える。日生に着いたら先ず駅横にある「サンバース観光情報センター」に立ち寄ってみたい。ここでは観光スポットやお勧めのお店などをしっかり教えてくれる。私もここで観光マップ等をもらって「とれたての海の幸と心や安らぐ人情の港町」というキャチフレーズに魅かれて町を散策してみた。
歩いて15分足らずの「日生漁協・五味の市」に出向いた。五味の市は漁師のおかみさんがその日獲れたての魚介類を販売する日生の名物市で、旬の新鮮な魚が安く手に入る市場として知られている。ユーモアを交えてのおかみさんとの値段交渉も楽しみのひとつだ。買わなくても市場を歩いてみるだけでも楽しい。
また近くには「海の駅・しおじ」もあって買い物にも便利だ。そして魚を食べさせるお店も多い。「五味の市」前には郷土料理を食べさせる「もやい茶屋」や少し歩いて「磯」、駅からすぐの「魚美味倶楽部・美晴」や炉辺割烹「ひなせ」等々、食事場所にはことかかない。
初めて日生を訪ねるなら敢えてカキ鍋のうまい冬場を薦めたい。この時期漁港では冬の風物詩「カキ打ち作業」も見られ旅情を楽しませてくれる。日生までは東岡山からまだ赤穂全線の6割余りだ。日生で2時間ほど途中下車した私は急いで13時53分発の播州赤穂行き列車に飛び乗った。列車は海岸沿いに走って岡山県の最東端の駅、1面1線の寒河を過ぎて県境の福河トンネルを抜けると兵庫県の備前福河駅に到着した。この辺から風景が一変して東備西播工業地帯(岡山県東備前地区-兵庫県西播磨地区)の工場群が車窓から飛び込んでくる。
赤穂線はもともとこの両工業地帯を結ぶ鉄道として計画され相生-播州赤穂間が昭和26年に開通。そして東岡山までの全通は昭和37年までかかった。電化は昭和36年に相生-播州赤穂間が、昭和44年8月には東岡山までの全線電化が完成した。それと同時に山陽本線の補助線的な機能を担い、かつては新大阪-宇野間の急行「鷲羽」が1日2往復赤穂線経由で運転されていた。今でも岡山-姫路間の普通列車の何本かが赤穂線経由で運転されている。この形態は海田市-呉-三原間を走る呉線と山陽本線との関係に似通っている。備前福河駅を出てしばらく走ると右車窓に住友セメント、三菱電機の工場群が見えてくると天和駅に到着だ。本線左側に現在は使用されていない3本の留置線待避線が見え、昼下がりの天和駅は閑散としていた。無人駅の天和駅から埋立地の続く線路をしばらく走って列車は播州赤穂駅に到着した。
播州赤穂駅は2000年12月に第3セクターで島式・相対式2面3線の橋上駅に一新された。忠臣蔵のふるさとをイメージし、白壁でかわらぶきの外観に仕上げられ駅舎は名実ともに赤穂市の表玄関。駅ビルには塩味饅頭などのお土産や義士定食・討ち入り蕎麦などの郷土料理を食べさせるテナントもあって結構楽しい。また運行面ではJR西日本のアーバンネットワークに組み込まれ、神戸・大阪方面への直通新快速・快速列車が播州赤穂駅に1日16往復も発着するようになった。赤穂線はこの駅を境に東西で大きく列車運転の様相を一変させる。駅前にでると大石蔵之助の銅像が南に15分ほど歩くと大石神社や赤穂城址が待ち受けてくれる。
私は1時間ほど途中下車した後、14時10分発の新快速・野洲行きに乗車して赤穂線の終着駅・相生に向かった。223系の新快速車両はクロスシートで乗り心地もいい。新快速も赤穂線内は各駅停車で相生に向かう。赤穂を出発して4分ほどで1面1線の坂越駅に着いた。4両編成の車内は夏休み明けの高校生でほぼ満員だ。
千草川を渡り高取トンネルを抜けると山間の駅、西相生に着いた。この駅では相生産業高校が近くにあるせいか、多くの高校生が下車。そして右車窓に石川島播磨重工の相生工場や相生湾が見えてくると終着駅、相生が近い。14時21分、播州赤穂から11分で相生駅に到着。ここで私の赤穂線ローカル線の旅は終った。
私にとってのローカル線の旅は自分を探しの旅でもある。ある時は『あしたの私に会いに行く、DISCOVER WEST』そんなポスターに魅せられ、ある時は『旅は早く目的地に着くだけが全てではない』そんな想いを胸に、私は明日もまたどこかのローカル線に乗っていることだろう。