芸備線に乗る

芸備線に乗る

夏休みはローカル線の醍醐味を楽しむ絶好の時期、まして青春18キップの期間となれば鉄道ファンにとっては応えられない。10年近くローカル線を乗り歩いて体得したことは「鉄道の旅は早起き、早朝出発は三文の得」と言うこと。今回も山陽本線瀬戸駅を早朝に出発して9時47分に広島駅へ。ここから10時発の快速三次ライナーに乗って中国山地の芸備線の旅に出掛けた。芸備線は安芸から備後を通り抜け備中に至る中国山地の中央部を東西に走る山岳路線で、広島駅と伯備線備中神代駅の159.1Kmを結ぶ非電化単線の路線。全通列車はなく途中の三次と備中落合で分割運転されている。

快速よしみライナー

快速よしみライナー

私が旅した8月の暑い日、広島駅9番ホームにはキハ40型気動車2両編成の快速「みよしライナー」が停車していた。ラッシュ時を過ぎた快速にリュックサックを背負った小学生が独り乗り込んできた。田舎の実家にお祖母ちゃんを訪ねるのだろうか、ホームにはパラソルをさした見送りの母親がドアーごしに子供に話しかけているのが目に入った。定刻10時、快速「みよしライナー」が発車。列車は山陽本線と併走し広島貨物ターミナル駅を過ぎ最初の停車駅・矢賀駅で下り列車と行き違って太田川沿いにある1面1線の戸坂駅へ。ここから列車は太田川沿いを走って1面2線の安芸矢口駅でまた列車交換した。

志和口

志和口

広島駅から19分ほど走って列車は太田川の堤防に近い1面1線の玖村駅に到着。ここからさらに5分ほど走って快速「みよしライナー」は広島方面への折り返し列車が多数設定されている下深川駅に着いた。この駅でも列車交換があり乗客の半分程が下車。広島駅から下深川駅までは快速列車と云っても各駅停車で、列車も20分に1本の割でダイヤが組まれており、この区間は通勤通学の都市型近郊線性格の濃い路線だ。快速「みよしライナー」は下深川駅を出ると6つの駅を通過して志和口駅まで一気に走った。

一人旅の小学生

車内は学生やお年寄り10人前後の乗客で、車窓からは小高い山々の緑と夏の太陽の降り注ぐ石州瓦の家屋が程よい調和を見せて目に飛び込んでくる。下深川駅を出て20分ほどで次の停車駅・志和口に到着。この付近に来るとキハ40型気動車の黄色いカラーリングと沿線の緑の田園風景が芸備線ならでは趣を醸している。列車は次の井原市駅を通過して10時56分、駅舎がスーパーや地場産業振興センターなどと一緒の大きな向原駅に着いた。ここで広島からの小学生が降りてホームに出迎えのお祖母ちゃんに走り寄っていった。夏休みならではの光景に懐かしさを感じる向原駅だ。

三次駅

三次駅

向原で小学生を降ろした快速「みよしライナー」は吉田口駅を通過して1面2線の甲立駅に到着。この駅舎も町の案内所との合築で平成8年竣功と新しい。列車はこの後、緑いっぱいの田園風景の中を快調に三次駅を目指して走る。途中、志和地駅で下り普通列車と行き違って11時22分三次駅1番ホームに到着した。快速「みよしライナー」はここが終着。

三次駅は中国地方北部の交通の要衝、芸備線、福塩線、三江線の列車が発着している。嘗ての芸備線ダイヤはこの先、備後落合・備中神代に出て伯備線で米子まで走る列車や、備後落合から木次線経由で山陰松江駅まで走る列車もあった。もっと古くは広島から芸備線-姫新線経由で姫路・大阪まで走る列車もあったと聞く。現在の芸備線はこの三次駅で備後落合方面行きの列車に乗り換える。三次で1時間20分程の待っで12時42分発の備後落合行きに乗ることにした。

塩町駅ホーム

塩町駅ホーム

定刻、キハ120型気動車は20人ほどの客を乗せて三次を出発。右手車窓に三次市街地を見ながら八次駅を過ぎ広い構内の神杉駅に到着。この駅で真っ黒に日焼けした高校生3人が降りた。列車は田園の中をゆっくり左にカーブして福塩線の起点駅・島式1面2線の塩町に着いた。この駅でも高校生の乗降が多い。

塩町駅は昔からのモルタル造りの古い駅舎でホームへは地下道を通って連絡している。駅舎ではキップ販売を委託されたお年寄りが手持ちぶたさに煙草をすいながらテレビを見ているのどかな風景が目に飛び込んできた。列車は馬洗川を渡って一路東に向う。

芸備線列車は馬洗川を渡って一路東へ

芸備線列車は馬洗川を渡って一路東へ

雑草の目立つ路線を古い上屋の下和知駅、構内廃線の跡に待合所程度の駅舎がある山ノ内駅を過ぎて七塚駅に着いた。この駅は国営備北丘陵公園の最寄り駅で、ここから徒歩20分程で公園に着く。備北丘陵公園では夏に野外コンサートなども開催され新しい観光スポットとして注目されている。列車は低くて丸い山々に取り囲まれた盆地を走って備後三日市駅へ。そして小さな峠を越えて庄原市の玄関口、備後庄原駅に到着した。

この駅は単式・島式の2面3線のホームを持ち、行き違いや折り返しが可能な駅で、この時間も下り列車と交換した。庄原は「備北丘陵公園や上野公園の花はもちろん、劇作家・倉田百三の出身地で市内には倉田百三文学館・文学碑や生家などもあるんよ」と車内にいた女子高生グループが誇らしげに教えてくれた。

備後庄原駅

備後庄原駅

備後庄原を出た列車は西城川に沿って制限速度25Kmのゆっくりした速度で北上し、11分程で2面2線の高駅に着いた。ここでは鉄道マニアの中年おじさんが1人降りた。使用されなくなったホームや施設、路線の生い茂る雑草に暑く降りそそぐ夏の太陽。芭蕉の句ではないが『夏草や 鉄道マンの 夢の跡』。そんな駄洒落も思い浮かぶ駅だ。

列車はゆっくりしたスピードで183号線沿いを走って棒駅の平子駅へ。この駅は蔵を思わせる小さな駅舎が特徴で2004年には映画「ヒナゴン」のロケにも使用された。駅舎の隣に簡易郵便局もあって地域コミニュティの場所だ。

三次駅を出て1時間程で列車は備後西城駅に到着した。備後西城駅は相対式2面2線のホームで構内には売店もある簡易委託駅。駅前に出て先ずで目に入るのは大きなSLの動輪。これは西城町出身国鉄マンの集まり「大富会」が国鉄100周年を記念してC型蒸気機関車の動輪を建てたもので、夏の太陽に誇しげに輝いていた。

備後西城駅

備後西城駅

列車は備後西城駅を過ぎるといよいよ芸備線の山岳路線にさしかかる。4分ほどで駅舎が社殿造りの比婆山駅に着いた。無人の駅舎後方には比婆山系の山々が目に入り、中国山地の雰囲気が伝わってくる。この日、閑散としたホームを歩く母子の姿が印象的だった。

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列車は備後西城駅を過ぎるといよいよ芸備線の山岳路線にさしかかる。4分ほどで駅舎が社殿造りの比婆山駅に着いた。無人の駅舎後方には比婆山系の山々が目に入り、中国山地の雰囲気が伝わってくる。この日、閑散としたホームを歩く母子の姿が印象的だった。

比婆山駅

比婆山駅

比婆山駅と次の備後落合までは5.6Kmだが時間にして16分かかる。列車はこの区間を細い渓谷に沿って車輪をきしませながら曲がりくねった路線を急勾配で上る。窓からは路線の制限速度15~20Kmの標識が目に付く。平成18年7月、集中豪雨で路盤が崩壊し翌年の4月1日まで備後西城-備後落合の区間が9ヶ月も不通になった。そんなこともあってか列車はより安全に、ゆっくりした速度で走る。小さなトンネルを抜け、やがて左から木次線のレールが迫ってくるとまもなく備後落合駅だ。列車は10人ほどの乗客を乗せて13時58分、備後落合駅2番ホームに到着した。

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備後落合駅は長く陰陽連絡の要衝駅だった。山陰の宍道に抜ける木次駅の起点駅でもあり幾多の優等列車がこのホームを通り抜けた。しかし時代の変遷と共に物流ルートも変化し、今はひっそりした中国山地のローカル駅としての様相を見せている。そんな備後落合駅も14時前後は1日のうちで最も乗降客で賑わう時間帯。2番線には乗ってきた列車が折り返し三次行きに、隣り3番ホームには新見からの折り返し14時3分発の列車が入線。

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キハ120型気動車はほぼ満席で芸備線の中で最も難路と云われている東城を目指して走る。先ずはここから6キロ先の道後山駅を目指して急勾配の路線を登る。13分程走って到着した標高611mの道後山駅は駅裏手に高尾原スキー場が広がり北には海抜1269mの道後山がそびえる1面1線の山岳駅だ。駅舎には地元消防団のポンプ車が格納され、改札口では道後山を描いた大きな額が目に入る。新見方面へは1日3本しか列車が発着しない駅だがきれいに整備整頓されていた。

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道後山駅からしばらく走ると芸備線での最高地点(624m)に達する。列車はここから下り続けて小奴可駅に到着した。2面2線だったこの駅も駅舎反対側の1線は廃止され、現在は古い駅舎の残る1面1線の駅だ。ここから列車は東城川に沿ってS字カーブの続く下り勾配を走りながら内名駅、備後八幡駅を過ぎて帝釈峡国定公園の玄関口・東城駅に14時52分到着した。

東城駅は2面2線の駅だが、最近は発着する列車本数も少なく駅舎側の2番ホームだけが使用。1番ホームに通じる陸橋は閉鎖され駅名標も雑草に覆われ、私が初めて訪問した2003年頃の東城駅とは大きく様変わりしていた。前回訪問した時は1番線に備後落合行きが2番線には新見駅列車が発着して今よりも駅に活気があった。

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東城をでた列車は広島と岡山県境の二本松峠を越え、岡山県内での最初の駅、野馳駅に到着。この駅は簡易委託駅で地元の人がきれいに管理している。開業当時の古い木造駅舎が現存する構内には若山牧水の歌が掲げられていた。続いて路傍の石仏で有名な矢田駅、ふれあいセンターを兼ねた市岡駅を過ぎ、田園地帯を走って簡易待合室のみの坂根駅に着いた。ここでは女子学生1人が乗ってきた。坂根駅をでると列車は下り坂をしっかり走って芸備線の起点・備中神代駅の3番ホームに到着した。

芸備線は備中神代駅が起点駅だが、実際の列車運転はこの先伯備線の布原駅を経て新見駅まで走る。広島から備中神代までの159.1Km芸備線の旅はここで終る。

中国山地の中央部を東西に縦走する芸備線は山岳列車の難路を思い知らせてくれる。また超過疎地帯の列車ダイヤの厳しさをも体得させてくれた。そしてまた、そんな芸備線を暖かく見守り育てる沿線住民の心意気にふれあう旅ででもあった。この夏、私には収穫の多いローカル線「芸備線」の旅だった。

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芸備線に乗る

芸備線に乗る

夏休みはローカル線の醍醐味を楽しむ絶好の時期、まして青春18キップの期間となれば鉄道ファンにとっては応えられない。10年近くローカル線を乗り歩いて体得したことは「鉄道の旅は早起き、早朝出発は三文の得」と言うこと。今回も山陽本線瀬戸駅を早朝に出発して9時47分に広島駅へ。ここから10時発の快速三次ライナーに乗って中国山地の芸備線の旅に出掛けた。芸備線は安芸から備後を通り抜け備中に至る中国山地の中央部を東西に走る山岳路線で、広島駅と伯備線備中神代駅の159.1Kmを結ぶ非電化単線の路線。全通列車はなく途中の三次と備中落合で分割運転されている。

快速よしみライナー

快速よしみライナー

私が旅した8月の暑い日、広島駅9番ホームにはキハ40型気動車2両編成の快速「みよしライナー」が停車していた。ラッシュ時を過ぎた快速にリュックサックを背負った小学生が独り乗り込んできた。田舎の実家にお祖母ちゃんを訪ねるのだろうか、ホームにはパラソルをさした見送りの母親がドアーごしに子供に話しかけているのが目に入った。定刻10時、快速「みよしライナー」が発車。列車は山陽本線と併走し広島貨物ターミナル駅を過ぎ最初の停車駅・矢賀駅で下り列車と行き違って太田川沿いにある1面1線の戸坂駅へ。ここから列車は太田川沿いを走って1面2線の安芸矢口駅でまた列車交換した。

志和口

志和口

広島駅から19分ほど走って列車は太田川の堤防に近い1面1線の玖村駅に到着。ここからさらに5分ほど走って快速「みよしライナー」は広島方面への折り返し列車が多数設定されている下深川駅に着いた。この駅でも列車交換があり乗客の半分程が下車。広島駅から下深川駅までは快速列車と云っても各駅停車で、列車も20分に1本の割でダイヤが組まれており、この区間は通勤通学の都市型近郊線性格の濃い路線だ。快速「みよしライナー」は下深川駅を出ると6つの駅を通過して志和口駅まで一気に走った。

一人旅の小学生

車内は学生やお年寄り10人前後の乗客で、車窓からは小高い山々の緑と夏の太陽の降り注ぐ石州瓦の家屋が程よい調和を見せて目に飛び込んでくる。下深川駅を出て20分ほどで次の停車駅・志和口に到着。この付近に来るとキハ40型気動車の黄色いカラーリングと沿線の緑の田園風景が芸備線ならでは趣を醸している。列車は次の井原市駅を通過して10時56分、駅舎がスーパーや地場産業振興センターなどと一緒の大きな向原駅に着いた。ここで広島からの小学生が降りてホームに出迎えのお祖母ちゃんに走り寄っていった。夏休みならではの光景に懐かしさを感じる向原駅だ。

三次駅

三次駅

向原で小学生を降ろした快速「みよしライナー」は吉田口駅を通過して1面2線の甲立駅に到着。この駅舎も町の案内所との合築で平成8年竣功と新しい。列車はこの後、緑いっぱいの田園風景の中を快調に三次駅を目指して走る。途中、志和地駅で下り普通列車と行き違って11時22分三次駅1番ホームに到着した。快速「みよしライナー」はここが終着。

三次駅は中国地方北部の交通の要衝、芸備線、福塩線、三江線の列車が発着している。嘗ての芸備線ダイヤはこの先、備後落合・備中神代に出て伯備線で米子まで走る列車や、備後落合から木次線経由で山陰松江駅まで走る列車もあった。もっと古くは広島から芸備線-姫新線経由で姫路・大阪まで走る列車もあったと聞く。現在の芸備線はこの三次駅で備後落合方面行きの列車に乗り換える。三次で1時間20分程の待っで12時42分発の備後落合行きに乗ることにした。

塩町駅ホーム

塩町駅ホーム

定刻、キハ120型気動車は20人ほどの客を乗せて三次を出発。右手車窓に三次市街地を見ながら八次駅を過ぎ広い構内の神杉駅に到着。この駅で真っ黒に日焼けした高校生3人が降りた。列車は田園の中をゆっくり左にカーブして福塩線の起点駅・島式1面2線の塩町に着いた。この駅でも高校生の乗降が多い。

塩町駅は昔からのモルタル造りの古い駅舎でホームへは地下道を通って連絡している。駅舎ではキップ販売を委託されたお年寄りが手持ちぶたさに煙草をすいながらテレビを見ているのどかな風景が目に飛び込んできた。列車は馬洗川を渡って一路東に向う。

芸備線列車は馬洗川を渡って一路東へ

芸備線列車は馬洗川を渡って一路東へ

雑草の目立つ路線を古い上屋の下和知駅、構内廃線の跡に待合所程度の駅舎がある山ノ内駅を過ぎて七塚駅に着いた。この駅は国営備北丘陵公園の最寄り駅で、ここから徒歩20分程で公園に着く。備北丘陵公園では夏に野外コンサートなども開催され新しい観光スポットとして注目されている。列車は低くて丸い山々に取り囲まれた盆地を走って備後三日市駅へ。そして小さな峠を越えて庄原市の玄関口、備後庄原駅に到着した。

この駅は単式・島式の2面3線のホームを持ち、行き違いや折り返しが可能な駅で、この時間も下り列車と交換した。庄原は「備北丘陵公園や上野公園の花はもちろん、劇作家・倉田百三の出身地で市内には倉田百三文学館・文学碑や生家などもあるんよ」と車内にいた女子高生グループが誇らしげに教えてくれた。

備後庄原駅

備後庄原駅

備後庄原を出た列車は西城川に沿って制限速度25Kmのゆっくりした速度で北上し、11分程で2面2線の高駅に着いた。ここでは鉄道マニアの中年おじさんが1人降りた。使用されなくなったホームや施設、路線の生い茂る雑草に暑く降りそそぐ夏の太陽。芭蕉の句ではないが『夏草や 鉄道マンの 夢の跡』。そんな駄洒落も思い浮かぶ駅だ。

列車はゆっくりしたスピードで183号線沿いを走って棒駅の平子駅へ。この駅は蔵を思わせる小さな駅舎が特徴で2004年には映画「ヒナゴン」のロケにも使用された。駅舎の隣に簡易郵便局もあって地域コミニュティの場所だ。

三次駅を出て1時間程で列車は備後西城駅に到着した。備後西城駅は相対式2面2線のホームで構内には売店もある簡易委託駅。駅前に出て先ずで目に入るのは大きなSLの動輪。これは西城町出身国鉄マンの集まり「大富会」が国鉄100周年を記念してC型蒸気機関車の動輪を建てたもので、夏の太陽に誇しげに輝いていた。

備後西城駅

備後西城駅

列車は備後西城駅を過ぎるといよいよ芸備線の山岳路線にさしかかる。4分ほどで駅舎が社殿造りの比婆山駅に着いた。無人の駅舎後方には比婆山系の山々が目に入り、中国山地の雰囲気が伝わってくる。この日、閑散としたホームを歩く母子の姿が印象的だった。

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列車は備後西城駅を過ぎるといよいよ芸備線の山岳路線にさしかかる。4分ほどで駅舎が社殿造りの比婆山駅に着いた。無人の駅舎後方には比婆山系の山々が目に入り、中国山地の雰囲気が伝わってくる。この日、閑散としたホームを歩く母子の姿が印象的だった。

比婆山駅

比婆山駅

比婆山駅と次の備後落合までは5.6Kmだが時間にして16分かかる。列車はこの区間を細い渓谷に沿って車輪をきしませながら曲がりくねった路線を急勾配で上る。窓からは路線の制限速度15~20Kmの標識が目に付く。平成18年7月、集中豪雨で路盤が崩壊し翌年の4月1日まで備後西城-備後落合の区間が9ヶ月も不通になった。そんなこともあってか列車はより安全に、ゆっくりした速度で走る。小さなトンネルを抜け、やがて左から木次線のレールが迫ってくるとまもなく備後落合駅だ。列車は10人ほどの乗客を乗せて13時58分、備後落合駅2番ホームに到着した。

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備後落合駅は長く陰陽連絡の要衝駅だった。山陰の宍道に抜ける木次駅の起点駅でもあり幾多の優等列車がこのホームを通り抜けた。しかし時代の変遷と共に物流ルートも変化し、今はひっそりした中国山地のローカル駅としての様相を見せている。そんな備後落合駅も14時前後は1日のうちで最も乗降客で賑わう時間帯。2番線には乗ってきた列車が折り返し三次行きに、隣り3番ホームには新見からの折り返し14時3分発の列車が入線。

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キハ120型気動車はほぼ満席で芸備線の中で最も難路と云われている東城を目指して走る。先ずはここから6キロ先の道後山駅を目指して急勾配の路線を登る。13分程走って到着した標高611mの道後山駅は駅裏手に高尾原スキー場が広がり北には海抜1269mの道後山がそびえる1面1線の山岳駅だ。駅舎には地元消防団のポンプ車が格納され、改札口では道後山を描いた大きな額が目に入る。新見方面へは1日3本しか列車が発着しない駅だがきれいに整備整頓されていた。

IMG_1888

道後山駅からしばらく走ると芸備線での最高地点(624m)に達する。列車はここから下り続けて小奴可駅に到着した。2面2線だったこの駅も駅舎反対側の1線は廃止され、現在は古い駅舎の残る1面1線の駅だ。ここから列車は東城川に沿ってS字カーブの続く下り勾配を走りながら内名駅、備後八幡駅を過ぎて帝釈峡国定公園の玄関口・東城駅に14時52分到着した。

東城駅は2面2線の駅だが、最近は発着する列車本数も少なく駅舎側の2番ホームだけが使用。1番ホームに通じる陸橋は閉鎖され駅名標も雑草に覆われ、私が初めて訪問した2003年頃の東城駅とは大きく様変わりしていた。前回訪問した時は1番線に備後落合行きが2番線には新見駅列車が発着して今よりも駅に活気があった。

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東城をでた列車は広島と岡山県境の二本松峠を越え、岡山県内での最初の駅、野馳駅に到着。この駅は簡易委託駅で地元の人がきれいに管理している。開業当時の古い木造駅舎が現存する構内には若山牧水の歌が掲げられていた。続いて路傍の石仏で有名な矢田駅、ふれあいセンターを兼ねた市岡駅を過ぎ、田園地帯を走って簡易待合室のみの坂根駅に着いた。ここでは女子学生1人が乗ってきた。坂根駅をでると列車は下り坂をしっかり走って芸備線の起点・備中神代駅の3番ホームに到着した。

芸備線は備中神代駅が起点駅だが、実際の列車運転はこの先伯備線の布原駅を経て新見駅まで走る。広島から備中神代までの159.1Km芸備線の旅はここで終る。

中国山地の中央部を東西に縦走する芸備線は山岳列車の難路を思い知らせてくれる。また超過疎地帯の列車ダイヤの厳しさをも体得させてくれた。そしてまた、そんな芸備線を暖かく見守り育てる沿線住民の心意気にふれあう旅ででもあった。この夏、私には収穫の多いローカル線「芸備線」の旅だった。

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