因美線に乗る

因美線に乗る

最近ローカル線の廃止についての報道が新聞紙上を賑わせている。これまで国の施策に則って全国各地に路線を延ばしてきたが、時代の趨勢はローカル線を過去の交通機関に追いやろうとしている。今やローカル線は朝夕の通学通勤列車、お年寄りの病院通いの手段、はたまた青春18切符で旅する鉄道マニアの郷愁列車の感が強い。そこで今回、超ローカル線として中国山地の岡山県津山市と鳥取市を結ぶ因美線に乗ることにした。因美線は最近までは津山線と連動して山陰の鳥取と山陽の岡山を結ぶ陰陽連絡幹線として活躍してきた。鳥取方面への旅行には誰しも一度はグリーン席のある急行砂丘に乗ったことがあるだろう。

旧津山扇形機関車庫

旧津山扇形機関車庫

しかし平成6年、山陽本線・上郡駅と因美線・智頭駅を結ぶ智頭線が開通して以来幹線の座は智頭線に移った。もともと因美線は大正8年の因美軽便線鳥取―用瀬間の開業にまで遡る(因美北線)。津山側は昭和3年因美南線として東津山と美作加茂間が開通。そして昭和7年に那岐―美作河井間の県境にある物見トンネルが開通し、東津山―鳥取間70.8Kmの因美線が全通した晩秋のある日、因美線列車の発着する津山駅に出向いた。津山駅構内は今ちょっとしたスポットを浴びている。それは産業考古学的にも貴重な鉄道遺産として、旧津山扇形機関車庫や今も使用している車両転車台、また国内最大のエンジンを積んだDE50-1形ディーゼル機関車や腕木式信号機、タブレット閉塞装置等々が保存整備され公開されているからだ。

機関車庫の横には今年「鉄道展示室」がリニューアルオープンした。ここには行先表示板や回転式乗車券箱、急行「砂丘」のグッズ等々160点余りの品が展示され鉄道ファンならずとも楽しめる一角だ。因美線を旅する時はこれらの鉄道遺産を訪ねて欲しいもの。この後2007年の公開は11/23~25日までの1回だけになった。毎年公開日については年度初めに発表される。

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見学の後、私は津山駅11時37分発智頭行のワンマンカー、キハ120系気動車に乗った。列車は姫新線を4分程走って因美線の起点駅・東津山駅に到着。この駅で姫新線と別れて因美線に入った。平日昼前の列車内は7人ほどの乗客がの
んびりとロングシートに座っている。高野駅を過ぎる辺りから田園風景が車窓いっぱいに広がる。やがて列車は1面1線の美作滝尾駅についた。

この駅は映画「男はつらいよ寅次郎紅の花」の冒頭シーンに登場する趣きある美しい駅だ。駅舎は戦前に建築された古い木造平屋作りだが、地元の人の維持管理が行き届いてきれいに保存されている。そして駅正面右側には映画ロケ記念碑がひっそりと建っていた。晩秋のホームで思い切り深呼吸すると自然と心が和んできた。美作滝尾を後に列車は県道6号線に沿って走ると築堤上の棒駅・三浦に到着。

美作加茂の駅舎は時計台のあるお洒落な建物。杉や檜を使用した木造建築で平成18年に建て替えられた。正面の赤い郵便ポストが目印の駅舎内にはかつての急行「砂丘」の勇姿や腕木式信号機やタブレット交換等々、因美線幹線往時の写真が掲げられ、途中下車した旅行者と地元の人たちとのふれあいの場として賑わっていた。そして加茂駅で使用されていた腕木式信号機の一台は近くの加茂小学校の敷地内に保存展示されていると教えてくれた。

列車は車窓の風景をゆったりした田園風景から木々の紅葉や渓谷の流れに変えながら中国山地に入っていった。加茂駅から4分程で知和駅に到着。乗降客なしの秘境駅だが木造駅舎は昭和初めの雰囲気を色濃く残し、構内には古びた手荷物検量用の秤が置いてあり、かつての貨物線ホームが残っているなど鉄道遺産として保存して欲しい知和駅だ。

加茂川沿いに駆け上がってきたキハ120系列車は松川橋梁を渡って県境の駅・1面2線の美作河井に到着した。この駅は標高335mの高所にある駅で構内には廃線になったレールが雑草の中に見える。因美線華やかなりし頃の雰囲気が至る所に漂っている。

そのひとつが手動転車台だ。鳥取方面から来たラッセル車が方向転換のために使用していたもので「美作河井転車台」として保存されている。是非途中下車してじっくり見学したい鉄道遺産のひとつだ。

因美線の走る那岐山系

因美線の走る那岐山系

駅舎には「美作河井ノート」があってここを訪れた人たちの感想が綴られていた。旅の思い出に何かを記しするのもいい。列車はここから県境サミット3077mの物見トンネルを目指して厳しい登り勾配とR―200から300mの急曲線を制限速度25Km走る。トンネル内の登りから降りに差し掛かる地点が県境で因美線の最高所の418mに達する。

那岐駅舎

那岐駅舎

トンネルを出ても1000分の25という急勾配を下って那岐駅に到着。那岐駅は鳥取と岡山を結ぶ因美線の鳥取県側の県境駅。2面2線の長いホームを持つ駅で昭和7年物見トンネルの開通と共に開業した。その時の模様を記録した那岐駅開業50周年記念碑は駅正面に建てられている。駅構内にある手入れの行き届いた築山式庭園は乗降客を和ませてくれる。那岐駅は旧因美北線の中でも唯一変化に富んだ美しい特徴ある駅として知られている。このあたりは「氷ノ山後山那岐山国定公園」の一帯で途中下車して散策するのも楽しい所だ。

列車は美林の中の土師駅を過ぎて12時43分智頭駅に到着した。超スローにローカル線の原風景を往く因美線の旅も智頭駅で一休み。列車を乗り換えるために下車した。

智頭駅

智頭駅

智頭町はスギの町として知られ美林に囲まれた町は昔から因幡街道の智頭宿として栄えてきた。そんな智頭も平成9年に智頭~上郡間に第三セクター智頭急行線が開通して以来、智頭駅は陰陽連絡幹線の拠点駅として変貌した。

車両は智頭急行のHOT3500系車両で乗り心地がいい。発車後しばらくして長い市ノ瀬トンネルを抜け国道と千代川の密着する路線を走って因幡社に着いた。この駅舎には理髪店があって嘗てNHK.BS-TVの「列島縦断12000Km最長片道切符の旅」にも取り上げられた鉄道ファンには馴染みの駅だ。

用瀬駅正面

用瀬駅正面

智頭駅から15分程走って流し雛で有名な用瀬に到着。用瀬駅は2面2線の交換設備がある駅で、構内には大きな雛の壁飾りがあり乗降客を出迎えてくれる。毎年旧暦の3月3日に(平成20年度は4月8日)開かれる「もちがせの雛送り」は鳥取県の無形民俗文化財に指定されており、当日は特急列車も用瀬駅に臨時停車する。用瀬駅から徒歩5分ほどで「流しびなの館」がある。ここは用瀬の流し雛を始め、全国各地の雛人形が展示。因美線の旅では是非とも下車して訪ねてみたい流し雛の里だ。

列車は山裾を走って鷹狩、国英、河原を過ぎ八束川を渡ると郡家駅3番ホームに滑り込んだ。郡家駅は単式・島式2面3線の有人駅でここからは若桜鉄道が発着している。若桜鉄道は郡家―若桜間の三セク路線だが実際のダイヤは郡家駅から因美線を経由して鳥取駅まで乗り入れている。郡家―鳥取間の因美線にはJR車両の他に智頭急行の車両や若桜鉄道の車両も走り、鉄道ファンには見逃せない区間だ。

鳥取駅因美線ホーム

鳥取駅因美線ホーム


郡家を13時32分発車した列車は東郡家を過ぎ工場の立ち並ぶ工業団地を眺めながら島式1面2線の津ノ井駅に到着。ここでは乗客が増え1両の列車はほぼ満員になって袋川橋梁を渡り、13時46分終点鳥取駅に着いた。

私の中国山地・因美線の旅はここで終る。この路線には古き良き時代の鉄道遺産が息づき、沿線には渓谷の豊かな自然や古い民俗文化がいっぱいでここを旅する人の心を癒してくれる。そんな因美線に魅せられた私は今日も中国山地のローカル線の旅に出かけています。

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因美線に乗る

因美線に乗る

最近ローカル線の廃止についての報道が新聞紙上を賑わせている。これまで国の施策に則って全国各地に路線を延ばしてきたが、時代の趨勢はローカル線を過去の交通機関に追いやろうとしている。今やローカル線は朝夕の通学通勤列車、お年寄りの病院通いの手段、はたまた青春18切符で旅する鉄道マニアの郷愁列車の感が強い。そこで今回、超ローカル線として中国山地の岡山県津山市と鳥取市を結ぶ因美線に乗ることにした。因美線は最近までは津山線と連動して山陰の鳥取と山陽の岡山を結ぶ陰陽連絡幹線として活躍してきた。鳥取方面への旅行には誰しも一度はグリーン席のある急行砂丘に乗ったことがあるだろう。

旧津山扇形機関車庫

旧津山扇形機関車庫

しかし平成6年、山陽本線・上郡駅と因美線・智頭駅を結ぶ智頭線が開通して以来幹線の座は智頭線に移った。もともと因美線は大正8年の因美軽便線鳥取―用瀬間の開業にまで遡る(因美北線)。津山側は昭和3年因美南線として東津山と美作加茂間が開通。そして昭和7年に那岐―美作河井間の県境にある物見トンネルが開通し、東津山―鳥取間70.8Kmの因美線が全通した晩秋のある日、因美線列車の発着する津山駅に出向いた。津山駅構内は今ちょっとしたスポットを浴びている。それは産業考古学的にも貴重な鉄道遺産として、旧津山扇形機関車庫や今も使用している車両転車台、また国内最大のエンジンを積んだDE50-1形ディーゼル機関車や腕木式信号機、タブレット閉塞装置等々が保存整備され公開されているからだ。

機関車庫の横には今年「鉄道展示室」がリニューアルオープンした。ここには行先表示板や回転式乗車券箱、急行「砂丘」のグッズ等々160点余りの品が展示され鉄道ファンならずとも楽しめる一角だ。因美線を旅する時はこれらの鉄道遺産を訪ねて欲しいもの。この後2007年の公開は11/23~25日までの1回だけになった。毎年公開日については年度初めに発表される。

P11401402

見学の後、私は津山駅11時37分発智頭行のワンマンカー、キハ120系気動車に乗った。列車は姫新線を4分程走って因美線の起点駅・東津山駅に到着。この駅で姫新線と別れて因美線に入った。平日昼前の列車内は7人ほどの乗客がの
んびりとロングシートに座っている。高野駅を過ぎる辺りから田園風景が車窓いっぱいに広がる。やがて列車は1面1線の美作滝尾駅についた。

この駅は映画「男はつらいよ寅次郎紅の花」の冒頭シーンに登場する趣きある美しい駅だ。駅舎は戦前に建築された古い木造平屋作りだが、地元の人の維持管理が行き届いてきれいに保存されている。そして駅正面右側には映画ロケ記念碑がひっそりと建っていた。晩秋のホームで思い切り深呼吸すると自然と心が和んできた。美作滝尾を後に列車は県道6号線に沿って走ると築堤上の棒駅・三浦に到着。

美作加茂の駅舎は時計台のあるお洒落な建物。杉や檜を使用した木造建築で平成18年に建て替えられた。正面の赤い郵便ポストが目印の駅舎内にはかつての急行「砂丘」の勇姿や腕木式信号機やタブレット交換等々、因美線幹線往時の写真が掲げられ、途中下車した旅行者と地元の人たちとのふれあいの場として賑わっていた。そして加茂駅で使用されていた腕木式信号機の一台は近くの加茂小学校の敷地内に保存展示されていると教えてくれた。

列車は車窓の風景をゆったりした田園風景から木々の紅葉や渓谷の流れに変えながら中国山地に入っていった。加茂駅から4分程で知和駅に到着。乗降客なしの秘境駅だが木造駅舎は昭和初めの雰囲気を色濃く残し、構内には古びた手荷物検量用の秤が置いてあり、かつての貨物線ホームが残っているなど鉄道遺産として保存して欲しい知和駅だ。

加茂川沿いに駆け上がってきたキハ120系列車は松川橋梁を渡って県境の駅・1面2線の美作河井に到着した。この駅は標高335mの高所にある駅で構内には廃線になったレールが雑草の中に見える。因美線華やかなりし頃の雰囲気が至る所に漂っている。

そのひとつが手動転車台だ。鳥取方面から来たラッセル車が方向転換のために使用していたもので「美作河井転車台」として保存されている。是非途中下車してじっくり見学したい鉄道遺産のひとつだ。

因美線の走る那岐山系

因美線の走る那岐山系

駅舎には「美作河井ノート」があってここを訪れた人たちの感想が綴られていた。旅の思い出に何かを記しするのもいい。列車はここから県境サミット3077mの物見トンネルを目指して厳しい登り勾配とR―200から300mの急曲線を制限速度25Km走る。トンネル内の登りから降りに差し掛かる地点が県境で因美線の最高所の418mに達する。

那岐駅舎

那岐駅舎

トンネルを出ても1000分の25という急勾配を下って那岐駅に到着。那岐駅は鳥取と岡山を結ぶ因美線の鳥取県側の県境駅。2面2線の長いホームを持つ駅で昭和7年物見トンネルの開通と共に開業した。その時の模様を記録した那岐駅開業50周年記念碑は駅正面に建てられている。駅構内にある手入れの行き届いた築山式庭園は乗降客を和ませてくれる。那岐駅は旧因美北線の中でも唯一変化に富んだ美しい特徴ある駅として知られている。このあたりは「氷ノ山後山那岐山国定公園」の一帯で途中下車して散策するのも楽しい所だ。

列車は美林の中の土師駅を過ぎて12時43分智頭駅に到着した。超スローにローカル線の原風景を往く因美線の旅も智頭駅で一休み。列車を乗り換えるために下車した。

智頭駅

智頭駅

智頭町はスギの町として知られ美林に囲まれた町は昔から因幡街道の智頭宿として栄えてきた。そんな智頭も平成9年に智頭~上郡間に第三セクター智頭急行線が開通して以来、智頭駅は陰陽連絡幹線の拠点駅として変貌した。

車両は智頭急行のHOT3500系車両で乗り心地がいい。発車後しばらくして長い市ノ瀬トンネルを抜け国道と千代川の密着する路線を走って因幡社に着いた。この駅舎には理髪店があって嘗てNHK.BS-TVの「列島縦断12000Km最長片道切符の旅」にも取り上げられた鉄道ファンには馴染みの駅だ。

用瀬駅正面

用瀬駅正面

智頭駅から15分程走って流し雛で有名な用瀬に到着。用瀬駅は2面2線の交換設備がある駅で、構内には大きな雛の壁飾りがあり乗降客を出迎えてくれる。毎年旧暦の3月3日に(平成20年度は4月8日)開かれる「もちがせの雛送り」は鳥取県の無形民俗文化財に指定されており、当日は特急列車も用瀬駅に臨時停車する。用瀬駅から徒歩5分ほどで「流しびなの館」がある。ここは用瀬の流し雛を始め、全国各地の雛人形が展示。因美線の旅では是非とも下車して訪ねてみたい流し雛の里だ。

列車は山裾を走って鷹狩、国英、河原を過ぎ八束川を渡ると郡家駅3番ホームに滑り込んだ。郡家駅は単式・島式2面3線の有人駅でここからは若桜鉄道が発着している。若桜鉄道は郡家―若桜間の三セク路線だが実際のダイヤは郡家駅から因美線を経由して鳥取駅まで乗り入れている。郡家―鳥取間の因美線にはJR車両の他に智頭急行の車両や若桜鉄道の車両も走り、鉄道ファンには見逃せない区間だ。

鳥取駅因美線ホーム

鳥取駅因美線ホーム


郡家を13時32分発車した列車は東郡家を過ぎ工場の立ち並ぶ工業団地を眺めながら島式1面2線の津ノ井駅に到着。ここでは乗客が増え1両の列車はほぼ満員になって袋川橋梁を渡り、13時46分終点鳥取駅に着いた。

私の中国山地・因美線の旅はここで終る。この路線には古き良き時代の鉄道遺産が息づき、沿線には渓谷の豊かな自然や古い民俗文化がいっぱいでここを旅する人の心を癒してくれる。そんな因美線に魅せられた私は今日も中国山地のローカル線の旅に出かけています。

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